1998 年 11 月 3 日、文化の日の早朝。山側の雑木林の奥でシイタケのほだ木の様子を見にいった集落の消防団員 N さんが、人骨の一部を見つけた。
遺体は推定 60 代女性、死後 10 年から 20 年程度経過。身元は今に至るまで特定されていない。地元紙には数行の続報が載ったきり、それきりになっている。
遺体は推定 60 代女性、死後 10 年から 20 年程度経過。身元は今に至るまで特定されていない。地元紙には数行の続報が載ったきり、それきりになっている。
発見の状況
現場は、集落から離れた山の中腹にある雑木林の中。最後の民家から数百メートルは細い林道のみが続く区域である。私が子供の頃にも、近所の大人たちはこの林道を「あの道は使わんとよ」と言って、夕方以降は通らないようにしていた。
雑木林の奥に、ほぼ崩れかけた木造一軒家がある。地元では古くから「梅ばあさんの家」と呼ばれており、戦前から人が住んでいないことになっている。遺体は、この家から 100 メートルと離れていない、灌木の根元で見つかった。
当時の報道
「○○の山林で、推定 60 代女性とみられる白骨遺体が発見された。死後 10 年から 20 年程度経過とみられ、警察は身元の特定を急いでいる。」 — 地元紙 1998 年 11 月 4 日朝刊 (社会面・数行)
私が把握する限り、続報は同紙には掲載されていない。後年、地元の駐在所に問い合わせた際も、「あの件は、結局、家ともつながらんかったとよ」と返ってきた。
郵便局 OB の H さんの話
「あの家には何十年と郵便を届けたことはなか。集落の人もとっくに諦めとる。
たまにあそこの前を通ると、玄関の引き戸の前に、人みたいな、白いもんが立っとることがあった。よく見ようとすると、消える。
何度かあったとよ。何度かな。」 — H さん (現在は退職) / 私が話を伺ったのは大人になってから
遺体の身元について
警察発表では「身元不明」のまま処理されている。地元の高齢の方の中には「あれは梅さんやったろう」と言う人もあるが、根拠は示されない。「梅さん」が誰のことを指しているのかも、人によって違う。少なくとも、戸籍上 1998 年時点で行方不明とされていた「梅」名義の女性は、この島には存在しなかったらしい。
> 続き: 2010/08/14 — 家屋への初訪問